当時の日本ではオートクチュールとプレタポルテの違いをわかる人も少なかったから、日本ではたいした話題にならなかったけれど、パリでは大きなニュースだった。何しろクチュリエは「アーティスト」として尊敬されている国なのだ。久々のクチュリエ誕生を「一〇年ぶりの興奮」と書いた新聞もあった。ニューヨークではデザイナーは「デザイナー」なのだが、パリではオートクチュールのデザイナーは「クチュリエ」、プレタポルテのデザイナーは「スティリスト」と呼んで、区別されている。その頃はプレタポルテが全盛で、パリでもケンゾーさんやイッセイさん、寛斎さんといった日本人たちが活躍して脚光を浴びていた。パリでオートクチュールをやっているということが、日本でもやっと評価されるようになったのは、それから何年か後に、私が「ヨーロッパの一流品賞」をはじめ欧米でいろいろな賞を頂いてからのことであった。