滋賀県の大津に用事があって出かけた。そこで出会った人に奈良の三輪神社に連れて行っていただいた。夕焼けがすごくきれいなので、と夕方着くように出かけたのだけど、少し遅かったようだ。冬の日暮れは早すぎるのだもの、残念。それはともかく、山を背にした神社の参道、両脇の明かりが薄暗くなった風景に美しく、ゆるやかな段に沿って長く続く。なんともいえない樹のいい香り、空気が全然違う。いいなあ、日本の美だなあ、着物でも着てくればすっかり溶け込んでしまうに違いない。かくいう私は大きな声ではいえないけれど、ずっと着物を着ていない。そんな私が着物の着こなしなどいえたものではないけれど、溶け込んでしまう着物姿を絵にしてみました。うす鼠色に、にぶ桃色の縫い取りのあるもの、そして帯はえんじかな、帯締めはひわ色、というふうに日本の色辞典など見ながら考えてみたのだけど、こんなことでさえ難しい。着物となると何かと決まり事があるようで、まったく自信がない、などと友人に話していたら、「昔は補色どうしを合わせる大胆な色使いをしていたけれど、今は洋服感覚の色合わせで選ぶのもおかしくないんだって」あ、それならね。日本の美をひしひし感じて、次に夢中になれるのは着物、というのが自然というもの。着物姿の人、というとセンスはともかくそれだけで憧れてしまう。何かの集まりで着物を着てきた人、いつもパンツ姿で憮然とした知人が突然着物姿でやってきた、眩しい思いで目に紗がかかる。普通の人ではなくなってしまうのだ。着物に馴染んでいる世代の母は、特別の日は必ず着物だ。やはり眩しい。私も遅ればせながらも着物に馴染む生活を継いでいかねば。娘は着物に憧れが強い。構える気持ちもない。着物に対してエアポケット状態でいるのは私世代だけかしら。