いじめつ子というのは、自分のストレスをいじめによって解消するだけで、ストレスの原因が何かについては、あまり深く考えません。ストレスを解消できればいいという自分本位の考え方をする大は、相手の気持ちを考えるとか、大のために何か役立つことをしようとかいう気になりにくいものです。でも社会に出れば、相手のことを考え、人の役に立とうという気持ちがないと、人間関係はうまくいきません。何がなんでも「自分、自分」という大は、最終的に居場所がなくなってしまうことが多いものです。いじめられっ子は、いつも悩んで深く考えるので、人に対して優しくなれるのです。いじめられた部分をコンプレックスにしないように、外観とはどういうものかを考え、読書などを通して、人にはいろいろな生き方や価値観があることを知っておいてください。私は思春期に、冬の弱い自分と夏の元気な自分の二つがあったので、「顔とは何か、きれいとは何か」を両面から考えるようになったと思います。「今はもう顔が赤くならないからいいじゃない」と、よく言われますが、心が弱ると昔の赤い顔の頃の自分にすぐもどるのです。いじめが本当につらければ学校に行かなくたっていいいじめが止まらず、死にたくなるほどつらかったら、学校に行かなくていい、と私は思います。もちろん、将来、社会生活を送るうえで、勉強はかけがえがないほど大切なものですが、今の世の中、学校だけではなくいろいろな手段で勉強ができます。そこで自分の好きなことを見つける、という生き方もあるはずです。みなさんが学校に通うのは、一生のうちでとても短い期間にすぎないのに、自分を殺してしまったら、取り返しがつきません。勉強は、やろうと思えばいつでもやり直せるけれど、人の命はゲームのようにリセットすることはできません。いじめられている場から早くのがれて、勉強したくなった時にまた勉強すればいいのです。死んでしまったら、すべてが終わりだもの。そうでしょう?人をいじめることはぜんぜんプラスにならないけれど、あなたの今の苦しみは、生きていれば間違いなくプラスに変わっていきます。この私かそうなのだから確かです。
[参考]
エステの極意