日本の食卓に欠かせない醤油の生産地といえば、千葉県銚子市の名前を挙げる人が多いだろう。そのため、日本の醤油発祥の地は銚子だと思われがちだが、じつは銚子が醤油の町になったのは江戸時代からである。当時、銚子は人口の多い江戸に近いという利便性や、気候がその醸造に適していたことから醤油作りが盛んになった。また、関東人の口に合う濃口醤油を開発したことから、一大生産地として発展し、今日にいたったのである。だがその醤油の醸造方法が、紀州から伝えられたことは意外と知られていない。そう、醤油発祥の地は銚子ではなく、じつは和歌山県湯浅町なのである。湯浅町役場が次のような経緯を伝えている。鎌倉時代の禅僧・法燈国師が中国での修行のかたわらに金山寺味噌の作り方を学んで日本に持ち帰り、その味噌を作る過程で生まれたのが醤油だったというのだ。というのも、金山寺味噌は水分が多いため、醸造する際に、樽の底に水分がたまる。この水分を普通ならカスとして捨ててしまうものだが、試しに調味料に使ってみると美味しかったため、工夫を重ねて、室町時代に「湯浅醤油」として商品化されたのである。その後、江戸時代になり、湯浅醤油は銚子に伝えられる一方で、徳川御三家の紀州藩に保護され、醸造元は湯浅町内で九二軒を数えるほど盛んになった。平成二十年現在でも七店舗が伝統を守り、作り続けている。