経験者向きのエリアである。その筆頭は、やっぱり峠道。平野部が少なく、山がちな日本の地形では、一定以上の距離を走る場合には、ほぼ必ずといっていいほど峠がある。旧東海道を日本橋から西に進めば、約100kmで箱根峠を越えなければならない。広い関東平野でもこういう具合だから、他県では推して知るべしである。県境、旧国境の多くは峠となっている。初心者の人は峠、と聞いただけで心拍数が上がるかもしれない。これから自転車旅を始めようかと考える人にとって、峠はできれば避けて通りたい難所であろう。
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しかし、自転車旅を長く続けてきたベテランには事情は大きく異なる。峠道を走る魅力を語ることなしに、日本の自転車旅の魅力を説明することは不可能だと言ってもいい。クライマーが、登頂した山の名前を生涯大切にするように、サイクリストは走破した峠の名前を、自身の走行記録のなかに記念碑的に刻み込む。それは、サイクリストにとって、ひとつの誇りなのである。峠を旅することの叙情は、多くの人が中学生の時分に国語の教科書でふれたことがあろう、真壁仁の「峠」という詩にあますところなく表現されている。それは、旅におけるクライマックスや特異点であるとともに、人生の節目節目の比喩でもある。サイクルツーリングにおける最も重要なポイントは、峠に代表される標高最高点であることが多い。ひと仕事やり抜いた、という達成感を峠ほど満足させてくれるものはない。